ホウチガブログ

~方向性の違いでブログ始めることになりました。~

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〈56.キャンプファイヤー〉

 

昨日の話の続きを話そう。

 

心揺さぶられる話や歌。きっと自分に通ずるものがあるから、叶えられなかった夢を叶えてくれるから。そのお陰で僕らは感動できる。そう思って昨日は終わった。

 

でも大事なことを忘れちゃいませんかってんだ。

書き手の思い。これがなかったら揺さぶられることはない。間違いない。

 

それが話の内容自体かもしれないし、書いている時の境遇かもしれない。必死な時、書き手の思いが作品に映り込むんだろう。

 

大学の英語研究会でスピーチについていろんなものを読んでいた。今でも機会があると読ませてもらい、直接聞かせてもらっている。

本人は"がんばってつくった"と言っても、なにかこう取って作ったような、筋肉がないようなそんなスピーチはよくある。それも仕方ない。タスクとして作られた作品はどうも面白くない。

一方で、言葉選びは上手くないし、話の展開もめちゃめちゃだけど、熱意はいくらでも伝わる話がある。僕はこれが大好物だ。とにかく気持ちが突っ走ってしまっている、そんなものに出会いたい。そしてそれがプロフェッショナルとして磨き上げられた時、僕はきっと涙するだろうし、夜もずっとそのことを考える。

 

こういうのを一言でまとめることは不可能なんだ。なんだけど、後輩に伝えるとき、ひたすらに"魂"という言葉にしていた。正直わけわかんないし、理論的でない。スピリチュアルな感じもして釈然としない。だがその作品たちには間違いなく魂が宿っているのだ。そして僕らは彼彼女達の魂に触れているのだ。

 

なんて美しいことだろう。直接会話してなくても彼らの心に触れることができる。その全てがわからなくても電流が流れるように、そして燃え上がるように僕らの心も震え上がる。

 

感動することはあっても、この燃え上がるような感覚はなかなかない。だからこそそんな作品は死ぬまでずっと手放したくはない。たびたび振り返っていたい。

 

 

 

僕はそんな話をかけるようになりたい。誰かの心を燃え上がらせるような。そしてできるなら燃えあがった人ともっとその火を大きくしたい。

そして、その炎を囲んで夜通し話していたい。

キャンプファイヤーみたいに。

 

青臭くていいのよ。なんぼのもんじゃい。