〈425.真髄〉
11月27日。
前にも言った通り、"情報は足で稼ぐ"という言葉、学部時代から永遠に言われ続けておりました。
ひたすら歩き回ることでしか、生きた情報は得られない。情報が欲しければ籠らずに外に出よう。そういうことだ。
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この足で稼ぐという言葉。僕は上記のとおり、歩き回って色々なものを見て情報を仕入れる、というふうに思ってたけど、これだけだと真の意味は掴めてないとな。それに気づかされたわけです。
情報を足で稼ぐ、というのはつまるところ外に出て経験を積みなさいということだ。
なにが違うのかといえば、歩いて見聞を広めるだけでなく、たまにはとどまってみて、じっくり見つめてみたり、そのコミュニティに入り込んだりして、情報を頭でなく体に染み渡らすということだ。
対義語として考えられるのは、情報は書物から得よ、ということだ。
これは誰しも必要な行為であり、研究だけでなく会社でもクリエイトするうえでも、すべては先行研究からはじまる。それをみた上で参考にしたり、欠点を発見して乗り越えようとしたりするのが今することだ。歴史とはそのためにも学ぶ意義がある。
そして"足で稼ぐ"というのは、書物から得た情報の正誤を確認したり、場合によっては書物で得られなかった情報を得るためにすること。すなわち、実際に自分で経験を積むということになる。
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ここにきてようやく"足で稼ぐ"の意味がわかった。ただ闇雲に歩けばいいというわけではない。得たい情報に目星をつけて、あるいはつけられそうだと予想して、その上で歩いてみる。そして人と話す、景色をみる、写真を残す、スケッチする。そして詳しい人に聞いてみる。場合によっちゃあその場所に長居してみる。数時間、数日、数ヶ月。
これが足を稼ぐということだ。
これを教えてくれた先輩は、研究テーマだけでなく、気になったことをとことん足で稼いでいるようだ。アフリカでも日本でも。どこでも気になったことがあれば、足で稼ぐことをしているようだ。
忘れちゃいけないのは、そのためにも事前に大量に知識を獲得しているということ。
この凄まじい知識欲とパワーと行動力はまだ僕にはない。
しかし、その枠組みを具体的に理解できたのはデカい収穫だ。
残り1週間。はたしてどれほど"稼ぐ"ことができるかはわからないが、これが人生初の足で稼ぐということにできそうだ。
がんばれ。