コロナの話をするつもりはなかったんだけど、記録として残しておこうと思う。
気になった、人の行動について。
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テレビでは〇〇の専門家として教授や先生がコメントをする。そして1ヶ月2ヶ月が経ち、そのコメントがズレていたらとんでもなく叩かれている。
もちろん、専門家と名乗るのであればそれ相当の根拠を持った上でコメントせねばならない。
落ち着いて考えよう。
前代未聞の自体なのは全員が承知だと思う。そのうえでマスメディアにコメントしているんだもの。すべてが正解なわけじゃない。ましてやテレビ対応だとどれくらい情報が整ったうえでのコメントだかわからない。
そのうえでコメントしているんだもの。仕方ないじゃない。
怒らなくていいじゃない。
研究者とはいえ、文字として残るものであればミスは許されないけども、口から発せられる言葉であれば解釈の違いも大いにありうるし、なにより即座に的確な言葉を選び取ることはとっても難しい。
それをうけとって認めてしまった我々自身のリテラシーや言葉への認識不足の問題も大いにある。
その言葉で政府が動いて、僕らの生活に直接的に問題が生まれたならわからなくもない。
でもただのテレビだ。お茶の間にお届けする話だ。鵜呑みにするのはよくないぞ。
たとえ専門家とか教授だったとしても100%正しいことを言うわけじゃない。だって人間だもの。世界のすべてがわかってるわけじゃない。
ぼくらの「専門家に対する認識」の問題なんだ。
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有名な人があの手この手で盛り上げようと頑張っている。そのすべてが受け入れられるわけじゃないのは仕方ない。
「ファンだったのに残念。」という言葉を残す人がいる。
その人にとっては世間にブレずにその人の活動を応援したいだけだったのかもしれない。その人がまるで売名行為をしているように見えたのかもしれない。
でも。落ち着いて欲しい。
あなたはなにものなのか。その有名人の付き人なのか、親なのか、妻や夫なのか、長老なのか。ただの赤の他人だ。たまたま令和という時代で遠い赤の他人でも知ることができただけで、数十年前なら顔も知らぬまま墓に埋まったろう。
ファンであるならば、応援してればいいじゃないの。なにをやるにせよ、その人の人生なんだもの。
というか、そもそもファンじゃないよ。
真のファンというものは、推しがどんな行動をしようと広い意味で応援するのがファンだと思う。"応援"は支持するというだけじゃない。静観するのもファンの勤めだ。火事を起こすことじゃない。
ファンであるならば、推しが「自分にとって」好ましくない行動をしたら静かに去ることだ。
支配欲に囚われる程度の愛ならそれは愛じゃない。みんなのヒーローだということを知っているからこそファンであるのよ。君だけのモノじゃない。
ぼくらの「ファンの存在の認識」の問題なんだ。
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言葉がキツくなる人が多い。
これは当然自分への戒めも込めてそう思う。
人に会えないというのは社会的動物の人間として著しく精神を衰弱させる。衰弱するということはストレスまみれってことだ。イライラしたり、無性に悲しくなる。仕方ない。
そこに、自分が好きじゃない情報が飛び込んでくると、さらに自分を追い込もうとしていることに対する防衛反応が起こる、とぼくは睨んでいる。
だからキツい言葉が増えるんじゃないか。
一方でZOOMやLINE通話をしてみると驚くのは、いつもより優しかったり、嬉しそうにしていることが多い。単純にこれまで使ってこなかった技術を頻繁に使うという真新しさに喜びがあるのかもしれないけど、それだけじゃないとあたいは思う。知っている人に会える嬉しさを噛みしめてるんじゃないのかな。
イラッとしたり、悲しくなったときほど気を付けなきゃいけない。
口から出る言葉は無責任に出てくることが多い。大して考えてない言葉がベラベラと出任せに現れたりもする。短文もそれに近い。
だからこそ、すぐに言葉にせず、上を見上げてみるんだ。なにもない天井の一点でも見つめてみる。やる気のない「あ〜」を出してみる。
そしたらなんだかやる気なくなるから。疲れて眠たくなる。そしたら寝るんだ。
それでも、イライラしたら。ミスドで5つくらいドーナツ買ってバカ喰いしちゃえばいいんじゃない?
ぼくらの「頭の悪さ」の問題なんだ。
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ネットの端っこで騒いでもなんにもならない。
でも、わざわざ読みに来ている優しい人はヘラヘラしている方が似合ってる。
どんな状況でもヘラヘラできる人は最強に優しい。
嫌なことが起きたら。
たぶん自分のどこかが悪いせい。
誰かのせいじゃないから誰にも怒っちゃいけない。
だったら仕方なしヘラヘラしよう。
ぼくらの問題だもの。
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戦闘力12日目
76(+3)
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