5月3日。
こう毎日投稿のいいところって日記習慣を忘れずにできるところだと思うんです。
ぼくみたいに自律c-な人間にとっては他人の目がないとやっていけないからね。
日記のいいところって、過去の自分と今の自分を結びつける線を見えるようにできることだと思うのです。
一年前のいまごろ、令和に切り替わってぼくは呑気にも初夢を見たとか言ってました。
その初夢、憧れの人と話をしたという取るに足らない話なんですが、たしかに今でも覚えているのです。
書いてなかったらたぶん忘れてしまったろう程度のこと。思い出せてよかった。
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その憧れの人との対話とのことだけど、そりゃあ今でも夢見てるわけです。
そうなってくると、やっぱりぼくの構成物として彼の存在は必要なんだなと思うわけです。
そういう振り返りというか、メンテナンスみたいな、そういう経験って悪くない。
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わけあって別の機会でもやたらこの一年を振り返っておりました。LINEの過去を遡ったり、写真フォルダを見返したり。すると、いまは言語化した感情っていうのを何年も前からふわふわと抱いていたり、たぶん当時から修正変更して今になってるのでその差を感じたりして、成長を感じるような、不変な自分を見つけたりしました。
なんだろうね、安心する。
自分っていう不定形を、過去ではあれど額縁に飾ってあるみたいな、それをみて、いまのぼくの原型を確かめるみたいな。
原型をみて、心底から肯定できるようになったっていうのはなかなか自分の中でははじめての体験でした。
うれしい。
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しかしだね。一年前は絶賛五月病だった。その過去も忘れちゃいけない。苦しんでいた。
そしてただその日の出来事を書き記す、感情を残しておく、考えたことを文字起こしする、っていうぼくにとってのホウチガの在り方を変革していく時期あるんじゃないのか。
といっても具体的にどういう舵取りをするかはなんにも思いついてはいない。
しかし、現状を変えたいという欲が一年後をどう作り変えているか。その基点が今日だ。
忘れてもいいからちゃんと戻ってこよう。
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戦闘力26日目
209(+13)
勉強+8
練習+5
今日はがんばったぞ。手抜きながらだけど。