7月18日。
7月も後半に差し掛かる。今年も残すところ、片手でおさまる数しか月が残ってない。カウントダウンが終わりを迎える頃には、僕は論文を出しているはずだ。なんもとおそろしい。
毎年過ぎるのがはやくなるのだろうか。去年の終わり際にも同じことを考えた気がする。つまり、毎年毎年はやくなっているのか。死ぬ頃にはジェットコースター並みだったりするのか。嫌になっちゃう。
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いやそうじゃないという可能性を考えてみる。過ぎるのがはやくなる描写はいろんなところで見ることはできる。しかし、去年との比較の上で早いんじゃなくて、想定より早くなるってことじゃないのか。
仕事量が増えたりして、充実感からはやくなるのはあるだろうけど、だとしたら、30歳ぐらいでピークになるはずだ。そこから先は仕事に対する熟練度で仕事をすることはできても、脳がさらに活性化することはないらしいじゃないか。充実感は30から40で上限に達して、50歳以降はそんな脳味噌がバリバリ動くのは考えにくい。
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あいやまたれ。想定っていうのはこれまでの経験からつくられるものじゃないか。それなら、去年までの経験から今年の想定は作られるわけだから、どっちにしろ去年より早くなるように感じてるんじゃないか?
あえて違うと考えてみる。脳みそは愚かなので、去年のスピードがどうとかあんまり考えないで今年の計画を考えたりする。つまり、やりたいことをとにかく詰め込む、ということ。
それなら、毎年毎年はやくなってるんじゃなくて、やりたいことが減らないので毎年同じくらいはやく終わってしまって、これができてない、みたいな議論になるんじゃないのか。
これの方が個人的にはスッキリする。煩悩の塊としてはぜひともこれを採用したい。それなら、やれないのは僕が悪いんじゃなくて、煩悩が悪いことになる。スピードは変わってないので、煩悩を整理できるようになればちゃんと嘆くことなく充実して後悔なく墓場に行ける。
でもそれって、煩悩整理できない自分が悪いんじゃないの。
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戦闘力100日目
759(+6)
運動+6
100日が過ぎた。ラディッツ襲来時の悟飯の潜在力くらいには伸びたということにできるが果たしてどうなんだ。もっと修行しねぇとベジータに勝てねぇぞ!