〈660.緊張のこと〉
7月19日。
試合があった。ひさしぶりに出るとやはり緊張する。しかし気分が悪くなるものじゃなくて、ワクワクする心地よいものだ。この緊張の根本には楽しみがある。テニスに対する感情が変わってきていることを感じる。
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この緊張感は他にもある。大学院の受験も一つそれに近いものがあった。今後のしばらくの身分が決まる、という点においてはテニスとは大きく違ったものだったけど、それでもワクワク感があった。
それに比べて、気分が悪くなるような、怨憎会苦みたいな緊張感はこの前の研究会での発表だ。センター試験に近い。吐き気を催す。
怨憎会苦、というのはもともと仏教用語らしいが僕はゲームで知った。憎くて怨むような相手にも合わなくちゃいけないっていう苦しみ。まさにこれだ。
仏教だと、たぶんだけどこういう苦しみから逃れましょう、っていう教えなんだと思う。逃れるのも大事である一方、どうせだったら楽しい方に変化させたいものよ。
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なんで試合は楽しい緊張で、研究発表は嫌な緊張なんだろう。ポイントとしては、誇れるポイントがあるかどうかな気がする。
テニスが誇らしいかどうかと聞かれれば、間違いなく誇らしい。それだけの時間を費やしてきたからネ。でも、これで全国大会に出てこいと言われたら考えものだ。まわりは僕なんかよりずっと努力している。そんな環境で誇らしいというのは厚顔無恥な気がしてくる。それでも、サーブだけは誇れるかもしれない。
そう考えると、当然研究発表は誇れない。自分より長いことセネガルに関わっている人しかいないし、理論に関しても僕よりも当然知っている。市民大会レベルのニイチャンが、いきなり全国大会に出てしまったようなものだ。しかも同じコートで全国プレイヤーが打ち合っている。そんなところに一年弱の若造が乗り込んでごらんよ。心臓に毛が生えてない限りは無理があるぜ。
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誇れるようになった時、きっと楽しくなるんだと思う。どうやったら誇れるようになるか。努力して、人によっては結果を出すことだし、結果よりも自分で自分を認めるパターンもあるだろう。
つまりは自分の方法で誇れるようになったら、きっと楽しくなるはず。
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戦闘力101日目
772(+13)
運動+10
その他+3
なんだかバタバタしている。明後日になれば落ち着いて毎日一つ投稿に戻るはず。