12月28日。
人と違う言葉を使うくせって誰にでもあると思う。いつでも挨拶はおはようございますとか、頑張れとは言いたくないとか。そういうくせって気づかないで使って、ある日突然人に指摘されて気づいたりする。
僕の場合、「またあとで」の使い方がおかしいと指摘された。
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また後で、っていうのはその日のうちにまた会う予定の時に使うんだそうな。知らなかった。次回会うことがわかっていればいつでもいいと思ってた。学校の同級生とか。だってさようならって次回がなさそうだし、バイバイも同じく長い別れになりそうだし、また今度ねっていうのは次回なさそうだし。
別れ際の挨拶って難しいのです。
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実際どこまで自分で意識していたのかわからないけど、ほかの別れの言葉は全て嫌いだ。さようならもバイバイもまたねも嫌いだ。また後でっていうと、君とはどうせまた会うだろうしそのつもりだよなっていうのを無意識的にメッセージを送っていたんだと思う。
じゃあねっていうのはすごく寂しい。あとでっていうと、その次回がある前提で一時的な別れってのが言葉から脳みそに伝わるような感じがして、勝手に安心してる自分がいる。
人と別れる時が一番苦手だなぁ。
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大学生になるタイミングで年賀状を書かなくなったけど、それまで小学校から中学校までの先生には書いていた。卒業したけども別れてもう二度と会わないっていうのが寂しくて寂しくてしかたなくてな。Facebookとかで同期の現状を知るとちょっと嬉しいような気がするのとおんなじですな。
ただ、これは弱点にもなってるんだと思うな。覚悟ができてない。人と会う時、次を考えて話をしてしまう。だから責任のある言葉を選ぶことが苦手だ。なるべく責任のないような言葉を選びがち。
別れが苦手っていうのは、良く言えばその人と長い付き合いになるのを期待してるってことだけども、逆に言えば一回きりの強い言葉が苦手ってことだ。そのくせ使いたがるのが悪いところでもある。
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言葉っていうのはその人の人間性がそのまんま出てくるものだと思う。だからこそ、美しい言葉を知ることはその人の内面にも影響を与えるものじゃないかしら。
もちろん言葉だけじゃなくて、物語もそうだろう。
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戦闘力262日目
1658(+3)
勉強+2
その他+1
さようならっていう言葉をいうだけでなんだか涙が出そうになっちゃう弱い人間ですよ。