〈985.記憶の世界〉
6月8日。
雨上がりの道路の匂い。
ちょっと嬉しくなる。東京とか京都にいる時はあんまり感じなかったけど、群馬で車に乗って窓を開けるとふわっと香る時がある。
たぶん、昔の記憶で雨上がりに何かいいことがあったんだろう。なにが嬉しかったのか覚えてないけども、気持ちだけは20年くらい経った今でも残っている。記憶ってのは都合がいいやつだな。
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地元のイトーヨーカドーに続く道。これもちょっと嬉しい。近所のスーパーじゃなくてそっちに行く時は、ちょっとおいしいお茶菓子を出してくれるカフェに行って、休憩スペースの大きいスクリーンにずっと流れているトムとジェリーを見る。目的地が楽しいのはもちろん、道にも普段見慣れない建物があって、中でも黒色の球形のように見えるガソリンスタンドがあってそれがなにか機械のモンスターみたいで好きだった。
これは嬉しい理由がわかる道。後部座席じゃなくて運転席で向かう道を見るのは新しくも懐かしいような不思議な気分だった。
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トイザらスとスポーツオソリティが入っている大きな建物に向かう道。これは念じるような気持ちになる。
好きなぬいぐるみだったり、おもちゃだったりを眺めているだけでも楽しい夢のような場所がある一方で、父親のスキーブーツ選びとかスポーツウェア選びに付き合わされる可能性もある。頼むから今日は短くあってくれ。だけどおもちゃを見る時間はたっぷりあってくれ。その祈りが届いたことはないけども、毎度毎度遠くにその建物が見えてくると目を閉じて神様に祈った。
今では祈らなくていい。そしてその大きい建物にも入らなくなってしまった。そんなものだろう。世界はもっと広いんだぜ。
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いつか家族ができて、子どもを後部座席に乗せていろんなところに連れまわすんだろう。でも僕の知らない世界をその子は作り上げていくだろう。もしかするとその世界にも球形のガソリンスタンドがあるかもしれないし、雨上がりの道の匂いもあるかもしれない。僕の知らない不思議なモノを見つけるのかもしれない。
それをわざわざ話すこともないだろう。話さないけどもちゃんと守れるような親父になりたい。