〈1126.電話対応〉
10月27日。
引っ越しやらなんやらで電話が何本かかかってきた。前までは電話対応がとてつもなく苦手であり、居留守をしょっちゅう使ったもんだ。今でも苦手であることに変わりはないのでかなりめんどくさく思ったけど、さすがに年をとったこともあるんだろう。それほど慌てるようなこともない。
大人になったもんだね。
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電話の何が苦手って、顔が見えないことである。僕みたいな対人で相手の顔色をうかがうタイプの人間は、相手の情報が声色と話している内容に限られてしまうのでかなりつらい状況になる。
そして、物理的に対峙していれば身ぶり手ぶりも情報になる。対話における情報は、会話内容よりも表情や身ぶり手ぶりのnon verbal(非言語)な部分が多くを占めているらしい。
つまり僕のようなタイプじゃなくても、電話は慣れないとかなり辛いことだということだ。
年をとったということは、それだけ経験を積んだということだ。
しかし、そんなに電話を受けまくったわけではないんだけどなあ。
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となると、直接的な経験じゃなくても苦手なものを克服する助けになるということか。
例えば大人数の前での発表経験。これは公共の場での話をすることに対して耐性ができる。
例えば社会人とのコミュニケーション。仕事をしている人がどんなメンタリティをしているのかを理解する。そうすれば電話先の営業さんがなにを思っているのか理解できる。そうするとこういう会話をすればどうなる、という予測ができる。
例えばいろんな本を読み漁る。いろんな人がどんなことを考えているのか、その頭の中を垣間見ることができる。いろんな人と話をするというのもあるだろうけど、本なら考えていることを文字化してくれる。これもまた会話相手の発言から考えていることを推測できるようになってくる。
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色々な要因があるのはそうだろう。
でも多分それだけじゃなくて、一人の人間としてきちんと守るべきものができたというのもあるだろう。
悪質な営業に自分が努力して作った財産を奪われるのは、人間としての尊厳を踏みにじられるようなもんだ。そして一人の社会人(予備軍)として対等に会話をできるという意識も大事だと思う。
親に守られてきた学生身分の脱却が最大の理由なのだろう。遅い独り立ちだったね。自分の人生に責任を負おうね。
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他の苦手なことも、いろんな経験を積めば怖くなくなるわね。
人を殺めた時も、最初の一人は罪悪感に苛まれるけど、5人10人と重ねていくとそういう気持ちもなくなっていくとか漫画やら小説やらでは書かれたりする。フィクションだからほんとのところはわからないけど。
でもまあ、人を殺めるという最大の罪に慣れてしまえばそれ以外はまったくもって怖くなくなるような気がするわね。
そんなことしちゃだめだけど、そういう修羅場をたくさん乗り越えると苦手なことがしょうもないと思えるようになるだろう。
肝が据わるっていうのはそういうことなんだろうな。