〈1145.良い散歩の日〉
11月15日。
良い散歩の日。
渋谷という街は新宿とはまた違うカオスさがある。
新宿は出口の多さはもちろん、その出口によってまったく違う顔をしている。
それに対して渋谷は、出口が多くて大変なのは同じだが、どの出口から出ても顔は大して変わらず、情報の量が異常に多い。
色んな情報に触れるという意図のもとでは最高の街だが、情報の波に溺れそうになる。
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例えば、僕が地上に出るために使った改札から出口までの道。
数日後にダウンロードが開始になるアプリゲームの広告がでかでかと両サイドの壁を覆いつくしていた。柱という柱にくっついている電光掲示板のすべてがそのゲームの販促動画を流している。
途中でブースが用意されていて、ゲームと何かのコラボイベントをやっていたらしい。
これだけでもなかなかない光景だった。しかしながら渋谷に行ったことある人ならご存じの通り、目に入る建物全ての上階部分にくそでか電光掲示板が設置されている。それぞれに音声が流れており、MVだったりCMだったりイベントの告知だったり、一辺に10台のテレビが違う番組を流し始めるような、なにがなんだかわからないようなカオス加減だった。
慣れれば流れる水のごとく、意識にも止めなくなるんだろう。慣れないあたしにとってはなかなか楽しく、それでいて息苦しくなるようなそんな街だった。
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とはいえ良い経験だったことに間違いはない。
おそらくターゲットは10代20代30代前半の若者だろう。その年代の人たちが喜ぶような情報がこういう類のものであるということを身に沁みて知ることができた。クールでかわいくてどこか反逆的な。自らを貫こうとするような、それでいて自らを探し求めるような、そういう姿勢が好物なんじゃないかと。
具体的になにというのはわからない。なんとなく、ハチ公前でうろつく人たちと電光掲示板をみて、そう感じたというところである。
こういう感覚を得ることができるのは渋谷というカオスの街だからだろう。色んな作品で渋谷が出てくるのは理解できる。いろんな欲望が丸出しになってあらゆるところに転がっている。なんというか、下品なくらいこれでもかというくらいだ。下ネタが多い、という話ではない。「エゴ」がとにかくたくさんうじゃうじゃしている。それが僕は嫌いじゃない。嫌いではないけど、人の欲望に浸かりすぎると苦しくなるのはわかるだろう。そういうことだ。
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しかしながらあれほど情報の波が渦巻く街も他にはないだろう。良い勉強になった。
これからしばらくは東京に住むことになる。定期的に渋谷を訪れて、そのときそのときの求められている情報を得るのがいいだろう。
いやあ、面白い街だった。なんとなく散歩したり、ぶらり途中下車するのもありかもしれない。