ホウチガブログ

~方向性の違いでブログ始めることになりました。~

MENU

〈1172.親はサポーター〉

12月12日。

 

地元でおじさんたちとテニスをすると、小学生がちらほらいる。おじさんやニイチャン、おばちゃんに連れてこられたのだろう。

 

前に見たのは数ヶ月前で、その前は一年以上前だ。

おそろしいくらいに成長しているのだ。去年はラケットにボールが当たったら喜んでたのに、今じゃあどうやって早いボールを打とうかと意気込んでいる。

 

子供がすごいというのもあるし、単純に初心者だからこそ伸びがすごいというのもあるだろう。うらやましいかぎりだ。

 

 

子供の何がすごいのかって、感情で動いているからだろう。余計な知能がないからこそ、全力で取り組むことができる。

嫌いであればやらないし、それでも楽しさが見出せたらそこに一生懸命になる。好きこそものの上手なれの典型例だということだろう。

 

ここで親はどうしたらいいのだろうか。

子供が好きだと思ってもらえるように、テニスであれば右打ち左打ちサーブをバランス良く練習されるのがいいのか。

いやいやそれは子供が決めることだ、親がコントロールしたら伸び伸び楽しめへん。

 

好きを応援するって具体的にはどうすることなんでしょう。

 

 

テニス楽しいね、今日もコート行こうね。

コートに行って何するのか。

上手くなる、というのは親が勝手に作った目標だろう。子供はラケットという珍しいものを振り回すのが楽しいし、ボールが飛んでいったら楽しい。でも疲れたらやだし、端っこにいるアリンコが気になることもあるだろう。

 

初めから勝ちたい!と思うのは相当の勝負師である。そうでなければのんびりテニスをするくらいがベストだというのか。

 

やりたいようにさせるとワガママになるかもしれない。協調性のない天才型になるかもしれないけども。親はどこまで介入すべきなんだろうな。

 

 

子供の成長というのはおそろしいものがある。それは最初に述べたように、好きだからこそだろう。

しかし、それを利用して全国優勝を「させよう」とするのは親であり、子供を支配することになっている。

 

いかにして子供に自己決定感を生み出すか。これが大事だと思う。そして自分で決めたことはきちんとやり遂げる。これのサポートが親の役割だろう。

 

 

しっくりきた。

ある程度、目標の例や選択肢は親が見せてあげるべきだ。無知なんだもの、知ることがはじめである。

その上で子供に決定してもらった目標を達成するために必要な「環境」をつくることがサポーターである。ここも結局はこどもの選択を最優先である。

 

これが知らず知らずのうちに、親の目標になってたりするんだろうなぁ。気をつけよう。