5月9日。
大型連休が明けて、仕事のある日常に戻った。
朝起きて、昼ごはん食べて、夕方退勤して、夜に飯食って、寝る。
なにかエンタメがあるわけでもなく、普通の研修の日々だ。
楽しい。なにがだろう。
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休みの日は、ぶっちゃけ何したらいいのかわからない。
趣味をしたらいいかもしれないが、今楽しいことは仕事内容と被る。ということで仕事を進めたいけれど、社用パソコンを起動してアクセスしてしまうと、履歴からバレてしまう。
やれることは限られてくる。
一方で、仕事の日は好きなだけ仕事をしていい。楽しいことにいくらでも向き合っていいし、上長からはフィードバックをもらえる。天職である。
もちろん、アイデア出しをするような研修をやっているので苦しさは一定ある。
それ以上に、いまのこれの行先が希望していた世界が広がっているというのは、とんでもなく嬉しいものだ。
就活の運の良さは凄まじかったようだ。
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仕事が楽しいというのは、原初を考えてみたらおかしいことかもしれない。
もともと労働は生きるための手段であって、場合によっては命懸けだっただろう。
今でも生活のための資金を得るためだけに仕事をしている人は少なくない。フリーターでバイト生活している人、派遣として力仕事をする人。
そういう意味で、仕事が楽しいというのはちょっと不思議な物である。楽しいことをしてお金をもらえるんだもの。最高じゃないか。
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何のために生きているのか、という問いに対して、例えばあなたが答えがあるとする。
それはたぶん幸福のためだという話に収束するだろう。
子供を育てることとあれば、たぶん楽しいと感じているからそう答えるんじゃないか。
趣味のため、というのは言わずもがな。
完全な義務のために生きている、と答える人はたぶん楽しくないだろうし、たぶんどこかで自我が崩壊してしまうだろう。
それが僕の場合の答えが、仕事と重なるのだろう。つくづく幸せ者だ。
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そう思っていられるのは研修中だからかもしれない。
実務に入ったら地獄みたいな日々かもしれないし、人間関係がギスギスしたらそれだけでも嫌悪するだろう。
でもまあその時はその時としか言えない。
楽しい今のうちに、その先の未来を想定しておいて、いざという時乗り越えられる動機にしておくしかあるまい。