ホウチガブログ

~方向性の違いでブログ始めることになりました。~

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〈713.偏見で損した話〉

9月10日。

 

男子高校生だった僕は、二つの道を選ぶことになった。

モテることを考えるイケイケか、もはや女子と話す方がないなら画面越しに話すというオタクか。

よくある偏見でしかないけども、実際男子高校生をこのように二分していた。そして恋愛もオタクも避けた結果、僕は部活に走った。

 

だが、ゲーム好きだった僕はオタク友達とすぐ打ち解けることになった。しかしアニメの話はついていけないし、好きになれなかった。ということで、「僕はオタクではないので」と強調してのもと、オタク友達と仲良くしていた。

まったくとんだ偏見やろうである。そのせいで色々な楽しみの機会を逃した。それをいまになって慌てて拾い集めているような感じだ。

 

 

わけあって、スマホいじる以外の暇つぶしができない環境に置かれていたので、Amazonプライムで『fate/zero』というアニメを見た。

 

高校生の頃、知識としては持っていたが具体的には踏み込んではいけないとしていた。だが、セネガルに行く直前にスマホゲーム『fate grand order』に手を出して以来、fateシリーズにどっぷりになってしまった。その末に、もともと忌み嫌っていたアニメも見るようになった。

 

 

高校生時の嫌悪の対象は、その可愛すぎる容姿だ。現実を逃避した末に行き着くものだと考えていたので、そんな現実から逃げるような弱者ではありたくないと信じた。

実際に見てみるとどうだろう。

まあ確かにやたら細腕だったり、顔からはみ出さん限りの目がある。cmを見て母親が「こんなでかい胸の女の子なんているわけないのに」とぼやくのもうなずける。

 

しかし、そこはもはや考慮の外である。

お笑い芸人にとっての容姿みたいなもので、大事な要素ではあるけども、それより漫才の内容を楽しむという人もいるだろう。そう考えてもらえるとアニメに対する偏見が取り除けるかもしれない。

実際、fateシリーズにどっぷりになったのも、その世界観とワードチョイス、fate哲学といえるであろう世界認識のあり方に惚れたからである。もちろんキャラクターも良いんだけどもね。

 

 

一気見したfate/zeroはまったくもって救いのない話だ。

"これ"を使えば奇跡を起こせる!という"これ"自体が既に暗黒に堕ちていたり、愛していた人を手にかけたり。とにかく救われない。

というのも、『fate/stay night』という別作品の前の話ということで、どうしてもバッドエンド的にしなければならなかった。

しかしながら、どうしても登場キャラクターには幸せになってほしいものだ。

 

 

登場人物のひとり、衛宮切嗣という男がいる。正義のヒーローになりたかったが、多数の幸福のための少数の犠牲を厭わなかった結果、悲しい結末になる。

もちろん、彼ほど悲しい思いをしたわけではないが、学部3年生くらいまでは僕も正義のヒーローになりたかった。一人の愛する人の犠牲と、何万何億の命であれば、迷いなく愛する人を犠牲にする人間であろうとした。実際にそう言って親と喧嘩したのはいい思い出ですよ。

僕自身の結末としては、それでは幸せにならないなぁと思って、正義のヒーローになることをあきらめた。だが、この『fate/zero』を高校生の時に見ていたらどうなったろうか。或いは人生のこのタイミングで見たのは良いことだったのだろうか。

 

わからないが、偏見によって素晴らしい作品をいままで食わず嫌いしていたわけだ。

どんなものでもとりあえず楽しんでみる。そういう余裕がないともったいないんだろうさ!

 

 

戦闘力154日目

1069(+10)

勉強+2

その他+8

 

見終わって数時間が経つが、いまでも喉の奥・歯の奥になにかものが詰まっているような気分だ。すっきりしない。

破壊は、生存と同じく欲望なんだと心理学者の誰かが言っていた。しかしそれを肯定するのは恐ろしい。倫理観が危うい。

幸せのままに生涯を終えたいねぇ。