〈507.トイレ〜憎しみを超えて〜〉
ニンニクがあたいは大好きなんだ。
ラーメン食えばニンニクは入るだけ入れる。ニンニクチューブは基本冷蔵庫にいる。コンビニで丸揚げニンニクなんてあった日にはその後人と会うとしても食っちまう。
しかしながら同時にお腹も弱い。体は比較的頑丈なんだけどお腹だけはクソザコなの。
屁は出るし、トイレ近くなるし。その未来を避けることができない。未来を変えることはできない。それでも食べなくちゃならないんだ。
。
さて、そんな時に駆け込んだトイレ。
あたいはトイレという空間が好きなんだけども、最近のトイレに言いたいことがある。
センサーに軽い気持ちで乗り換えるんじゃないよ。
もちろんセンサーに乗り換えることでいいこともあるだろう。立ち上がったら流れるようになるやつだと流し忘れもないし、前の人がばっちぃ手で触ったレバーを握る必要もない。
たぶん僕が理解できてないだけで利点が他にもあるんだろう。
。
しかしだ。僕はあいつを好かない。なんでもかんでも技術的なもんにすりゃあかっこいいと勘違いしてやがる。
まるで中学生が慣れないワックスをつけてみたり、サングラスをつけてみたりするみたいだ。
あたいはレバーを押して、あたいの体から捨てられた奴らと最後のお別れを対面でしたいんだ。ありがとうと。これで最後だね。別の世界線なら肩を組んで飲み交わしたかったよと。生まれ変わったらそうしようと。
しかし、あの忌まわしいセンサーやろうときたら、俺が手をかざして構ってやるまで流れようとしないし、しゃーなし構ってやってもなかなか流そうとせず、ようやくセンサーを見つめてやると流れたりする。そしたら最後のお別れを言えないまま愛しき別れを迎えることになる。
言うなれば、愛しき恋人が都会に出るのをチャンスとして言い寄ってくる泥棒猫みたいなもんだ。
僕の穏やかで豊かな個室での平和をセンサーが奪っていくんだ。
そんな悲劇を迎えたら、ニンニクとの出会いから忌まわしくなる。奴を頬張らなければこんな別れにならなかった。こんな別れなら会わなけりゃよかった。
でも僕はニンニクを愛してるし、流れゆく別れの時も愛おしい。
すべてはセンサーが悪なのだ。
レバーにばっちいのがあるだと?
そんなものッ!石鹸使って洗えばよかろうッ!
流し忘れがあるだと?
そんなもの時を止めて流してなかったことにすればよかろうッ!
そんなチャチなことに気を取られて目の前の愛すべき相手を愛さずなにが技術か!
その技術化に使った金をもっと美しい別れのために使えばこんな世界にならなかったんだ!
。
今日もちゃんとランニングするんだ。
そしてセンサーのない家のトイレで愛おしい別れを超えて僕は強い男になる。
穏やかに眠るのだ。