〈540.卒業する/した方へ〉
3月21日。
卒業式。おそらくこの時期でしょう。大学生も高校生も中学生も小学生も、もしかしたら幼稚園生保育園生も。
卒業おめでとうございます。
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僕がいえたもんじゃないけど、それでも僕が言えることがあると思って。この話題にしました。
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きっとこれから、身分が変わるみなさんは、忙しくて仕方なくなると思います。そしてなにより、最初は自信をなくしたり、どうしたらいいかわからなくなったりすると思います。
そんなときによく聞くのが、自分の道を振り返ることだと言います。
歩いてきた足跡はちゃんとつながっているから。進んでるんだから。
確かにその通りです。まちがいなく、どんなものであろうと進んでいるんだと思います。
ただ、ほんとうのほんとうに、どうしようもなく辛くなることもあると思います。座り込むことすら辛い。歩いても立ち止まっても振り返っても。
すべてが闇と霧に包まれるような。そんな時間があるかもしれません。
振り返ると足跡はあるかもしれない。でも、立ち止まっても止まることはできないです。
ベルトコンベアーのうえで僕たちは生きてると思うから。
ほんとにほんとに辛くなると、立ち止まることすら辛くなります。振り返ることすら嫌になるかもしれません。だってベルトコンベアーは止まってくれないんだもの。まわりのひとたちはベルトコンベアーを使ってどんどん進んでしまっているような。どんどん遠くに行ってしまうような。
ぼくだけがとりのこされて、ひとりになってしまうような。
そんな気がしてきます。
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もちろん、歩く元気が出てきたら歩いたらいいです。歩く元気がなくなって立ち止まってしまってもいいです。
どんな状態であっても、自分の心と、周りの世界を観察する眼を使い続けなきゃだめです。
辛いなら辛いとノートに書き殴る。悲しいなら悲しいとノートに書き殴る。書き殴りつつ、顔を上げて、家族がどうしてるか、友達がどうしてるか、親友がどうしてるか、憧れの人がどうしてるか。ちゃんと見続ける。
見ているだけでも、取り残される気分は紛れたりするものです。
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立ち止まる元気もなくなって、指先から足先から、砂のように崩れ落ちて、すべてなかったことにしたくなったら。
全ての電源を落とす。スマホもパソコンもテレビも。
頭からタオルをかぶって、目をつぶる。
ずっとずっと。永遠に。
永遠に目をつぶっていたはずなのに。
目を開いてしまった。それでもまた目をつぶる。
そのうち、目をつぶることすらイヤになる。
そのイヤだって感情が合戦の合図。
立ち上がって、立ち向かうんだ。イヤの元凶に。
結局たちむかうことでしか平穏はやってこない。幸せは歩いてこない。
たちむかいかたは色々だ。真っ向勝負、罠と計略、単騎、軍隊、総力戦、戦略的撤退。
その全ての可能性を探って、イヤと向き合わなきゃならない。
ベルトコンベアーは無情なんだ。とまりたくても止まらせてくれない。歩くことをやめると、後ろから来た人が先に行く。なら自分も歩くしかない。
でもベルトコンベアーが止まらないおかげで、あの日の闇と霧をずっと後ろに見ることができたりもするんです。このベルトコンベアーってのは時間ってやつだと思います。
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まとまらないけども、辛くなったら素直になることです。素直になるまでひたすら時間を費やすのは大切です。
素直になる方法の一つとして、過去を振り返るっていうことだと思います。
過去を振り返ることの助けとして、なにがあるっていうと。日記があるんです。
あの日ぼくはなにを思っていたのか。メモに残すだけで、何日か後の闇を照らすことになってくれる、かも、しれません。
せっかくの卒業という節目をきっかけに、日記をつけてみたらどうでしょう。
もちろん、ブログでもいいかもよ?
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なにはともあれ、本当にお疲れ様でした。おめでとうございます。
そしてこれからの活躍をお祈りしてます。
辛い時も楽しい時も。残しておいたらいいことあるかもよ?