待つっていうのはなかなかしんどい。だけどこれも仕事のうち。雨が降ってくんなきゃずうっと端っこにいるだけ。同業者もなし。前は2,3本いたんだけど、帰ってこなかった。アパートの玄関口にひとり。寒いし暗いし。ひとりってのはつらいもんだね。話し相手もいないんだから。
今日はとうとう降ってくれた。何日ぶりだろう。恵みの雨さね。いやーホントありがとう。雲さんホント。ホントありがと。最高だよアンタ。これでやっと私の出番ってわけだね。
だけども期待しちゃいけないっことを私はちゃんとわかってる。My傘を持つ時代だし、人によっちゃあ折り畳み傘常備、なんてのもいるくらいなんだから。でもまあそれでいいよ。冷たい雨に濡れる身になってみてよ。せっかく守ったのに誰も乾かしてくれやしない。それなら出勤しない方がまだましなのよ。ええ。
何度も人が出入りするのを見届けたら、ついになくなった。まあいいさ。これでいいのさ。仕事するのはめんどいし。
なんだか足音が聞こえる気がするけどどうせあんたも綺麗な傘をお持ちなんでしょ。さっさとどこかへお行き!どうせこの時間一人でお外なんてロクな場所にも行かないわ。しっしっ!
と思うと柔らかい白い手に連れていかれた。
おや、こんな時間に女一人で外出ですかい?しかも安っぽい私を持って?おやまあ。変な人ね。お守りさせていただきやす。
安っぽいビニール傘を持って、こんな時間帯に、財布だけ持って、化粧もなし、そして目に光なし。きっとコンビニかどこかでアルコールでしょ。でもね、お嬢さん、いくらなんでもジャージはどうかしらね。プーマて。そりゃあんた、別の女に取られるわよ。
5分ほど歩かれて、私を汚いスタンドに突っ込んでいった。あーね。やっぱりこのコンビニね。まったく、早く済ませてくださいよ。ここのコンビニは特に汚いんだから。傘の気持ち考えたことないんじゃないかと思うくらいよ。
あんたも大変ね、ご主人に置いてかれちゃったの?私たちはそういうもんよね。私もそうよ。買ってもらったと思ったらその日のうちに別の人に連れてかれたりするんだから。そんな不貞腐れんなって。
あら?悪いね。君はしばらく別のご主人を待つことさね。こんな日はすぐよ。そいじゃ私はいくよ。
来たときとは別の景色が過ぎていく。どうやらコンビニから直接は帰らないみたいだ。何度もため息もしていらっしゃる。ストレスはお肌に良くないって前の主人が言ってましたよ。はやく帰った方がいいんじゃありません?
ねえ、お姉さん。もう雨は止んじゃってますよ。深く差しても、私は透明だから隠せないよ。肩震えてるのも見えちゃうよ。
川沿いの小さな公園のベンチに彼女は座った。濡れているベンチにタオルを敷いて。ビールを開けて。グッとやって、そしてまたため息。こんなん休日の30代会社員男性だで。20代女学生がやること違くない?もっと部屋でキャピキャピしてなさいよ。
ビールを置いてスマホを開く。暗いから顔だけよく見えます。じっと画面を見、なにか文字を打ち込んで、またため息ついて。嗚咽もまじりつつ。ホント、この公園人いなくてよかったですねぇ。
しばらくすると、さらにおっさんくさい感じになった。ガニ股になって両ももに両肘ついてうなだれている。そしてグッと缶をあげて口に注ぎ込む。もう少し、こう、女らしく、しおらしくなっていただいたらよろしいのでは?そしたらあなた、もう少しそのお相手とも仲良くできたのでは?
すると突然、賑やかな音楽がなったと思ったら、スマホを耳にくっつけた。
"もしもし?いまどこ?…そっか!夜だもんね。…え?あたし?えーっと、…えっ!イヤなんでわかったん!そう!その公園!うっわ!あたしの行動読むとかキモっ!まじないわ!
…そう。…ねぇ、いまから行ってもいい?…うん。…バレてた?…うん。ありがとう。…。ありがとぉ〜!心の友よぉ〜!うん、すぐ行く!うんうん。なにかあったかいの期待してる!へへっ!じゃ!"
深く息を吸って、深く吐いて。ベンチから立ち上がると、少し鼻歌を歌いながら、途中ヘタクソなアレンジを加えながら、ちょっとリズムをとって。少し光が戻った眼になった。
のだけども。あれ。おっかしいな。どんどん遠のいてる気がするんだな。おぉーイ。聞こえないかー。おぉーい。こんな暗くて寒いところに置いていくなよぉー。タオルも置いていってるやーい。