{5.旅行先で見たカップル}
奇妙な男二人組がアパートから出て行って30分くらい経ったのだろうか。埃と砂にまみれた玄関は居心地がよろしくない。私が立てかけられた安っぽい靴箱は薄黒くなっている。たぶんもとは白だったんだろう、中古か何かをやすーくもらったのだろう。部屋はカップ麺のにおいがする。
とはいえ今までで一番楽しそうな輩である。これからどうなるんでございましょうか。早く帰ってこねぇかな。どんな話してんのか気になるわぁ。
立て付けの悪い木製の玄関ドアがギイと小さく音を立てた。おや、さっきの二人とは違う顔がこちらを覗いている。長い黒髪と大きな目。女性なのか?あの二人と交友のある?あんなカビ臭い男と?うっそぉ。
女は扉をくぐり、ゆっくりと、音を立てないようにドアを閉めた。整った顔ががらんとしている部屋に向けられる。俺には気にも留めない。
部屋の真ん中にデンと置かれたちゃぶ台の上にやたら綺麗な黒のUSB。部屋主の男が会社から盗んだデータが入っているやつだ。そいつを女がポケットに突っ込み、フッと笑うのが見えた。
…こいつ、ドロボーだな?
俺に意思があるとも知らずに部屋荒らしを楽しんでいやがる。俺が証言しちゃえばお前は冷えた飯を食うことになるんだぞ。おい!聞いてんのか!こら!警察に言っちゃうぞ!言えないけども!
女はしばらく部屋を探索すると、気が済んだようにドアに手をかけた。目的のブツは手に入ったんだろうな。哀れな男たちだ。
ドアをそっと開けると、ザーザーと大きな音が部屋を満たした。こりゃあなかなかのやつでっせ。お?いま舌打ちしたな?
と、女は横目で私を見下してきた。なかなか魅力的な顔をしている。女の口角が上がるのを確認し、私の鼓動が早くなった途端、私はグイと持ち上げられた。やったー。わーいわーい。
"…ふーん。良いねえ。"
女はさっきよりずいぶん綺麗なアパートの中に私を連れ込み、乱暴に靴を脱いで奥の部屋へと入っていった。私に着いた水滴が玄関で水たまりができてしまうほどの間、ずーっとふんふんと女が感嘆しているのが聞こえる。私がいる玄関からは確認できないのが残念なところ。クーッ!気になるぅ!お姉さん!なんのデータなんだい!
おや?俺の声が聞こえたのか?女は音も立てずに玄関にやってくると私をじっと見つめる。
"あなた、悪いけど運び屋になってくださいな。"
おん?外に向かってバサバサと水滴を吹き飛ばすと、部屋に通された。
綺麗な部屋だ。よく掃除もされているし、色合いとかそういうのにも気を使っているのだろう。おまけにいい匂いがする。物が少ないのはさっきの男たちの部屋と一緒なんだけどな。
私が部屋を堪能していると。
イタイタイタイタイタイ!なになに!なにそれ!カッター?やべえ痛いんだけど!なにしてん!
…柄の部分を切り落としやがった。嘘でしょ。
すると、私の中にさっきの黒いUSBをねじ込んできた。いやっ!まじっ!入らんて!ムリムリムリムリ!しんどいしんどい!
"入らないなぁ"
当然でしょ!なに考えてん!バカかこいつは!
女は机に押し倒された私に背を向け、ちょっと大きめで立派な柄を持ってきた。…なんでそんなもん持ってんの。
そいつはちょうどUSBが入る大きさに加工されてるらしい。
女はくるりと私の方に向くと、ぐいと私の柄を引っ張り取り、代わりにその黒くて大きい柄を強引にくっつけた。
…イタイデス。前後不覚デス。
女は鼻を膨らませて私を見つめる。しっかりUSBは入ってしまっている。新しい私の一部となった部分に。
"ただいまー"
女はハッと我に返ったように顔を上げ、私を部屋の端っこに慌てて立てかけた。
"あら!あなたおかえり!今日はどうしたの?ずいぶん早いじゃない。忘れ物?"
"どうしたの?そんなに慌てて。"
"ううん。なんでもないの。それよりどうしたの?"
"いやね、今日は年度切り替えとかなんとかで僕の課は明日の出勤で良かったみたい。だから今日は休みなんだって。いやー聞いてなかった。こんな濡れるなんてねぇ。やっぱついてないなぁ。"
夫!助けてくれ!この野蛮な女から私を助けてくれぇ!