〈234.藁にもすがる〉
昨日の壁を殴り続けるという話。
もう少し真面目に議論してもいいかなと思ってもう一回話題にしてみる。
わかりやすく言えば、諦めなければいつか壁は崩れる。その時を信じて努力を続けなさいということが、松岡修造さんの言葉の解釈の一つである。
しかし、その壁の厚さというのは物理的に見えないから殴るのをやめてしまう。昔目指したスポーツ選手っていうのもそうでしょう?もしかするとあと一日練習を頑張ったら、なにか見えるものがあって、あるいは劇的な出会いに恵まれて、今頃テレビの中で日の丸を背負っていたかもしれない。
でもそんなの天文学的な数字だよ。
実際そう。僕がプロテニスプレイヤーにならなかった(正確にはなれなかった)のも、上には上がいるとわかったし、なにより追いつけない、壊せない壁があることを感じたから。そして続ける意味を見出せないから高校卒業とともに激しい練習からも身を引いた。
正論である。パーセンテージでいえば小数点第無限位の話。
そういう人は、100%プロテニスプレイヤーにはなれない。当然。信じることをやめた時点で道に目を向けないんだから、0.000000000…1%も0になる。そしてそのゼロに近い可能性を信じる必要性も、やる気もないんだからもったいない話でもない。
だけど、その必要性があって、やる気があったなら信じてあげていいのが0.00000…1%なんだろう。いや、そう信じてなければ僕の命に意味がなくなる。
言い訳になるんだけども、その0.00なんぼの確率でなれるモノだけが正解でもないからね。その隣にある、20%くらいの確率のやつでも天職になりうるからね。どうとでもなれってことだ。
そしてそのゼロに近い可能性を信じている人は、後ろ指を指される。結果がでなければなおさらだ。
なにかの漫画のことばだった。
努力が必ず報われるなんてことはない。ただ、ことごとく成功する人は努力をしている、ということは間違いがない。
イチローさんもそういうすごい言葉を言ってたと思うし、とりあえず頑張りなさいってことだね。
ついでに、高校の物理の先生がポロって言ってたんだけども、目の前にある、物理的に存在する壁。これを殴って絶対に腕が壁を通り抜けない、という確率が100%ではないんだって。つまり、もしかすると腕がひょんなことから壁をヌルッとすり抜ける可能性があるらしいよ。
そしたらウォールマンとして有名になれるかもね。
人生なにがあるかわかんないって信じてます。そう信じてないと生きてけないじゃない!