3月13日。
ようやく勉強する意味の落ち着きどころを得られた気がする。これから堂々と子供に聞かれても答えられる。
なぜ勉強するのか。それはもっと面白いと思うためだろう!その話をする前にオマージュについて話をしましょう。
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オマージュとは、みなさんご存知だろうが念のためスタートラインを揃えましょう。
Wikipediaより。
オマージュ(英語: hommage)は、芸術や文学において、尊敬する作家や作品に影響を受け、似た作品を創作すること、またその創作物を指す語である。しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられる。
つまり、ええやん!って思った話に似た話を書くこととかその話のこと。
例で言えばAKIRAの主人公がバイクをドラフト的な感じで停めるやつ。誰しも一度は見たことがあるだろう。クレヨンしんちゃんだったり、ポケモンだったり、他にもいろんな漫画アニメでオマージュされている。
なんでオマージュされるのか。かっこいいからだ。かっこいい俳優と同じ格好をしたくなるのと同じ。人間、いいなと思ったものは身につけたいものなのだ。
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じゃあなんでオマージュってまた我々も面白いと思うのか。簡単な話だ。
「ムロツヨシっていい役者だと思わない?」
「いやー俺も思ってたんだよ!」
この感動と同じ。感動を共有できたこと、その共犯関係ともとれる、2人の一致が取れた時。
「コンビニと言ったらセブンだよな」
「あたりまえだべな」
この感じに近いかもしれない。
感覚が近いものに出会った時、人は嬉しくなる。これが心理学的にはなんとかっていうのが名付けられているんだろうな。
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まさにこれ。「心理学的にはなんとかっていうのが名付けられているんだろうな」この思いを晴らすために勉強する、いやしちゃう。
雑学が喜ばれるのはそれだ。痒い所に手が届く気持ちよさと共感の嬉しさ。
勉強っていうのは、誰かにとってはどうでもいいことに純粋な気持ちで、素直な気持ちで感動できる、その幅を広げるために勉強するんだろうさ!
世の中のほとんどのものはオマージュで出来上がっている。よく聞く話、全くのゼロからアイデアは生まれない、〇〇×〇〇の結果、新しいものが生まれる、という。
そのオマージュされて生まれたナニカに対して、「これってあれをモデルにしてるんじゃない?やっぱこれ作った人はそこに感動してるんだよな!」
この喜びやで。
数学がなんだ、英語がなんだ、国語がなんだ、社会がなんだ、理科がなんだ。
単純じゃないか。その分野を勉強すれば、その分野のアンテナを張ることができる。アンテナを張れば、オマージュの元が書かれているから嬉しくなる。数学なら数学特有の幾何学的な美的感覚のもとが詰め込まれている。英語なら洋楽の美しさがわかったりハリウッドの面白さがわかってくる。国語は直接的にオマージュのことが勉強できるしアンテナの張り方もわかってくる。社会ならこれまでの史実からオマージュの元が探れる。理科なら自然現象から着想を得たアイデアのものを辿れる。
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面白いこと、美しいこと、楽しいこと、そういうポジティブな気持ちを生み出すためのセンサーを得るために学校で勉強するんだし、そうやって培った能力が元になって次のオマージュを生み出せる。
例えば、ワンピースなんて歴史に残っている海賊が命名由来になっていることに気づくとなおのこと楽しくなる。もちろん、料理好きな人が読めばその点からのオマージュが楽しめる。
勉強が楽しいっていうのはそういうことなんだと僕は行き着いた。
というのもゲームってなんで面白いのか考えるとエンターテイメントの面白さを考える必要があって、エンターテイメントの面白さを考えると文化の面白さを考える必要があって、文化の面白さを考えると結局これまでの何かしらにヒントがあったことになる。文化ってゼロから生まれないからね。
小さなことに感動できるためにも勉強するんだと思うぞ。全教科点数取れるのはそれだけアンテナを広げられることになるから大事なことだけど、一つの教科だけできることもそれにつきてのアンテナがとんでもなく感度良好なわけだからそれもよし。
そう考えると、別に学校の勉強だけじゃなくてなんでも良いと思った。
しかし、学校の勉強ってすべてのことを単純にしたことを勉強するわけだから基礎の基礎だと思う。そして大人目線で言えば勉強の仕方を学ぶ場所でもあるから行けるなら行った方がいいだろうな。
しかしこどもにとっちゃそんなのどうでもいいのよ。楽しいかどうか。気持ちいいかどうか。それなら、楽しいゲームがなんで楽しいのか。気持ちいい漫画はなんで気持ちいいのか。これを突き詰めるのが勉強する理由だということだとぼかぁつたえてぇな!