5月8日。
ゴールデンウィークもおわりである。
僕がしたことといえば、本読んで、アニメ見て、ハラミキだいちと遊んで、SUPをしたもんだ。まあ充実した日々である。
だが、圧倒的に物足りないものがある。
グルメである。もっとうまいものを食べたい。そこに金をかけたい。
ということで、やたら美味いものを食った。
松坂牛に、漁港のてんこ盛りな海鮮丼。
こんなうまいもん買っちゃったら、スーパーの飯なんか悲しくなるわな!
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しかしまあ社会人になって、改めてお金のありがたみを感じる。
家賃を払って、生活費を払っても、まだ文化水準を落とさない飯が食える。ありがたいね。土日にちょっと映画見たり物を買っても貯金ができる。
お金にとりつかれたくはないけども、お金よりも大事なもののためにお金は存在するっていうじゃない。
やっぱりお金は大事なんだな。
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例えば、観光の目的地に行く手段。
学生の時はひたすら夜行バスだった。苦しい4列に乗って、朝一の体バキバキ目しょぼしょぼ。それでコンビニに行ってとりあえずおにぎりで目を覚ますことからだった。
それが今はどうだ。さすがに東京-京都間だと怪しいけれど、それより近い距離なら新幹線である。家のなれた寝床で目を覚まし、歯磨きしてコーヒーでも飲むことができる。
新幹線で寝てもいいし、スマホアプリで遊んでてもいいだろう。本だって読める。仕事をすることもできる。
なんとも健康的で文化的な生活だ。
観光地についてしまえば別にどちらでもいいだろう。ただ、お金があるというのはこういう違いがある。メンタル的にもフィジカル的にも楽ができる。
かつて仲良くしてもらってた40代くらいの人は、移動は全て新幹線かタクシーだったらしい。そしてその移動はすべてパソコンを広げて仕事をしたとか。
自分の好きなように使える時間が増えるというのが、お金の持つ力である。
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これだけお金お金言っていると、手段と目的が逆転することにもなってしまうから気をつけたい。
お金は、幸せのための手段を提供する物である。お金を集めることが目的ではないぞ。
ケチケチ貧しい生活をして、預金残高をみて喜ぶのはそれまた違うだろう。その預金残高でなにか大きな幸福のための手段であればいい。
お金があれば、自分も幸せになるけれど、同時に周りも幸せにできるからね。
大いに越したことないでな。