ホウチガブログ

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〈1383.悪童〉

7月11日。


ウィンブルドン男子決勝が終わった。
結局ジョコビッチの4連覇という偉業で幕を閉じた。
彼のことをスゴイと思うけれど、そろそろキリオスが活躍する瞬間を見たいと思っていたので残念だった。
しかし、悪童キリオスがグランドスラムの決勝に残る日が来るとは思ってなかったので驚きである。
うれしい。ただ、複雑な気分ではある。好きではあるが、お手本・見本ではないからだ。



彼のコート外の言動は気持ちのいいものが多い。ジョコビッチが全豪に出れないときもはっきりとジョコビッチの擁護をし、逆になんだかなあと思うポイントについては歯にもの着せぬコメントで痛快である。
そんなはっきりした彼だからこそかもしれないが、コート内でもプレー外での主張が強い。観客の良くない行動を見ればケンカしたり、審判にすぐに主張する。
「テニスはエンタメ。エンタメを届けたい」とどこかで彼が謳っていた通り、エンタメとして「シラケる」瞬間について即座に審判に言う姿勢は筋が通っているのかもしれない。


ただ、「怒る」「口論する」「乱暴な行動をする」という点については、エンタメの提供という観点から見てもいただけないことのほうが多い。プロレスのように、そういう行動を見ることも楽しみの一つに含まれていることならともかく、テニスに求めることはとにかく質の高いプレーの応酬である。
彼が批判する「差別的な発言をする観客」というのは、たしかに質の高いプレーに対する阻害要因なので取り除くべきではある。
しかし、彼の主張・言動によって相手選手が不快感を感じることは、「テニス=エンタメ」という点から見ても同じくマイナス要因である。筋が通っていない。



そういう感情まかせな言動をのぞけば、彼の主張・行動・プレーは間違いなく世界トップである。
感情優先であるがゆえに、勝てる試合も落としているように感じている。非常に惜しい選手である。きちんと敬意を払っている言動をコート外ではとることができ、「伝統」とか「格式」みたいなところについても気にすべきでないポイントについては自己流を通す。


コート外の彼の姿はジュニアにも良い勉強になるだろう。
しかし、コート内の彼の言動や感情先行でのプレーの質の低下は絶対に見せたくない。あれが許容されるとは思ってほしくない。



彼とよく比較される選手といえば、ナダルである。彼は非常にメンタルが強く、一度もラケットを叩きつけることもない。
彼が選手としては目指すべき選手であろう。誠実であるし、情熱的で、努力家である。


ただ、個人的に彼と仮にプライベートで会うことができる、あるいは講演会を聞けるとしても、同じ内容をキリオスがやってくれるならキリオスのほうが聞いてみたい。
ナダルの強靭さは、叔父の元コーチであるトニー氏からの抑圧によって生まれた物だと認識している。それを良しとしたくはない。世界で活躍し続けるためには、「並の幸せ」を提供してはいけないという歪んだ認識ができそうで恐ろしい。
というか、ナダルはそういう点では天才だったのだろう。それについてはキリオスのほうが感覚が凡人的で近しい。そういう人間が世界で活躍するセンスというか努力というか、そういう軸について聞いてみたい。



二年・三年前に比べると、キリオスは合理的ではない行動が少なくなったように思う。「大人になった」とも言えるかもしれない。
大人になった彼はこれまでにないくらい安定感が生まれてくるだろう。しかもグランドスラム決勝という普通ではない環境で試合をすることができた。今後の彼のプレーが楽しみで仕方ない。全米ではどんな活躍をしてくれるのだろう。