ホウチガブログ

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〈1094.理想のコーチングとは〉

9月25日。

 

ぼやき。

 

仮にあなたがなにかしらのスポーツのコーチになったとしよう。個人競技で相手との対戦型のスポーツ。

選手はある程度上手いけど、テッペンをねらうにはもう少し努力する必要がある。県優勝が目標なところの、二回戦敗退くらいだとしよう。

 

大きな育成の方向をどこに置いたらいいだろうか。

相手に勝つことが第一。対戦相手を調べて、そのウィークポイントを刺すことができるように練習。

 

あるいは、相手がどうとかより、自分がしたいプレーの理想を求めるプレー。

 

どちらがいいのだろう。あるいは全く別の視点からの指導があるのかしら。

 

 

相手に勝つため、となると目標を達成した時に燃え尽き症候群になってしまう気がする。

仮に本当に県優勝をしてしまったら、嬉しいけども次の目標を探すのに苦労しそう。もちろん地方大会、全国大会と規模を大きくすればいいけど、そのぶん分析量も増えてくるし、結果的に対戦しない選手も出てきて無駄な作業が増える。

 

だったら、自らの理想に向けて練習を続けたらどうなるのか。理想とするプロ選手のプレーをそのまま投影できるようになることを目標とする。

これなら仮に県優勝したとしてもプロ選手には遠く及ばない。なので永遠に練習する理由は作ることができる。しかしながら、モチベーションは続くだろうか。6歳のこどもにジョコビッチを目指すように指導を始める。はじめは楽しんでくれるかもしれない。試しに中学生になったとしよう。ジョコビッチまでの道の遠さに愕然とするんじゃないかしら。

 

スポーツに限らず、目標設定って難しいわねって話。

 

 

相手に勝つ、他の皆よりいいパフォーマンスをする、というのはかなり苦しくなるタイミングが必ずくるだろう。勝てなくなった時に自分を褒める根拠がなくなってしまう。

とはいえ理想の追求を掲げすぎると、冷静になった時に膝から崩れ落ちるかもしれない。もしかすると自分のする意義を失ってしまうかもしれない。

 

結局のところ、この中庸がいいんだろうけども。相手に勝ちつつ、同時に自分の理想との乖離を分析する。

あるいは、理想と同時に手の届く目標の両方を掲げることだろう。ジョコビッチが理想だけど、現の県チャンピオンのプレーをまずは理想とする、みたいな。

 

言うは易し、行うは難しの典型例だろうな。

 

 

本当にコーチを始めたら、そんな冷静に客観評価し続けられるだろうか。

そりゃあコーチのための講習会とかだとこういうことを言って、視界を広げるだろうけど、実際の場面に戻るとなかなか実践できなくなる気がする。

 

名コーチたちはそこらへんどんなふうに考えてるんだろう。運が良かっただけかしら。