お嬢さんに置いてかれてから何日経ったろう。雨は降ってないけど、相変わらずはっきりしない。春一番も吹いてくれない今の時期、川沿いの公園は日が暮れると寒くなる。まあ傘にはそんなもんわかりませんけどね。
今日もまた、このまま次の太陽を待つことになるのか。こんなんだったら暗いアパートでおとなしくしてるほうが良かった。小雨やら気温差やらで傷んじゃうわ。
ため息をつこうとすると、通りがかりの男が私のいるベンチに座ってきた。おそらく20代後半、かつてラグビーか何かやってたのだろう。今では筋肉がすべて脂肪に変わったような体格だ。仕事終わりという感じでもないし、これからどこか行こう、という様子でもない。
彼はベンチに座ったもののただ川を見つめるだけだった。この人もやっぱりなんか悩みでもあるんかしら。前のご主人より表情が変わらないから読めない。
座ってからどれくらい経ったろう。男はため息をついてズボンのポケットに手を突っ込んだ。タバコが空き箱になっていることを確認するとまたため息をついた。スマホを取り出し、なにかを見つめているが焦点が合ってない。またしばらくするとため息をついて立ち上がった。なんともなしに私を掴み歩き出した。いやあんた、誰のかわからないの我が物顔で持っていくなや。
"なんか持ってきちまったなぁ…。"
歩き始めて数分、ようやく男が私に気づいた。そうだよ。私はあんたの所持品じゃないのさ。
…。それ以降男が口を開くことはなく、スーパーについた。スーパーと言ってもコンビニをちょっと大きくしただけのちっこいのだ。男は私を持ったまま店内に入る。コラ。マナー違反だぞ。
男は奥の扉を通って作業室に入る。ああ、従業員なのね。上着を脱ぎ乱雑に机の上に置く。その上にスマホを投げ、掛かっていたエプロンを着けて表に出ていった。もちろん、私は机に立てかけられている。ついに店の裏側に来てしまった。こりゃあしばらくはあの男がご主人になるなぁ。
暗い。たくさん段ボールが積み重なって、今にも崩れてきそうだ。基本的に真っ暗な作業室だが、時々従業員が忙しそうにそのダンボールを引っ張り漁り、すぐに表に出る。そんなのを何回見ただろう。これだったら公園にいた方が楽しかったなあ。鳥とか眺めてるだけでも楽しかった…。
"はい。おつかれっす。うっす。あざす。"
おや。男がエプロンを外しながらスマホをポッケに突っ込む。そして何食わぬ顔で私を掴む。そしてフードをかぶって外に出る。
あっ、ちょっ、まぶい!店に入ったときは西にあったはずなんだが。
男は猫背で、まさに"とぼとぼ"とせわしない人混みを避けて歩く。ふと立ち止まり、列に並ぶとバスが来た。
ちょうど通勤ラッシュ終わりなんだろう。男はやや後ろの席にどっかと座ると私を手すりに引っ掛けスマホを眺める。開いてるのかはっきりしない目をしょぼしょぼとさせている。文章を打っているであろう手を止めると目を閉じ、うなだれた。そしてため息をつく。
"これでいいんだ。"
男は小銭を手に広げ、確認すると立ち上がった。その横顔はクマができていたせいだろうか。顔色が良いとはとても言えなかった。
ん?"横顔"?
おい!ちょっと待て。手すりに掛けた時に怪しいなとは思ったが!置いてくな!頼む!バスはあかんて!ちょっと!連れていってくれぇ!