"いやーほんま助かったわぁ。でもさすがに悪いことしたかぁ。あとで返さんとあかんな。外回り終わったら返しいこ。"
この関西訛りの若い男はずっと相手もなしに報告を続ける。USB入りの私の重要性も大して理解せずこいつは大丈夫なのか。話すすべてがまるで"フラグ"のように聞こえて男の身の安全が気になる。でもまあ、運も悪そうだが、同時にタフそうでもある。
何度か立派なオフィスに出入りする様子を片目で見守ると、雨が止み綺麗な夕焼け空になった。
"ええなぁ。やっぱ綺麗や。こんな時、となりに綺麗な人がおったらもっとええねんけどな。しゃあないわ。傘返して飯食いいこ。"
たぶんこんなんだからひとりなんだと思うんですがね。
私を返しにいく道中、男は不運にも車に水をぶっかけられた。まあ、なんだ。私からしたら予想できていたのだが、やっぱり運がない。
"ほんまついてへんわ。せっかくクリーニング出してすぐなんに。いまから出せるとこ探し行かんと。最悪や。ほんま。"
男はカフェから反対方向に足を向けると、薄暗い中に映える、賑やかな通りを目指した。
"おばちゃん!すまん!すぐお願いできる?このスーツ、明日朝取り来たいねんけど!"
"またかいあんた。明日の朝?うーん。できるにはできるけど、あんた脱いだらどうすんの?着替え持ってんの?"
"あーあかんわ。持ってないわ。おばちゃんなんでもいいから貸して!スーツ取り来た時返すわ!頼む!"
"まったくそんなんで会社でやってけてるのが不思議だわ。待ってなさい。"
おばはんが奥に入っている間、男は私を机に立てかけ、忙しそうに指でリズムを取っている。
"これ。あんたがむっかし預けて引き取りに来なかったジャージ。役に立ってよかったねぇ。"
"おばちゃん!ほんまあんがと!助かるわ!ほな、これスーツ代な!明日7時にくるわ!頼むわ!ありがと!"
"はいよ。次はもっとはやく来るんだよ!ったく。…ってあんた!傘忘れてるよ!"
"おばさん。その傘、私が届けますよ。"
男が出て行ってすぐ、別の男が開いた自動ドアをするっと入ってきた。
あ。サイゼリヤ行ったあいつじゃん。USB盗まれた。西森!