〈500.没入する側のこと〉
2月10日。
昨日の話。世界観に没入すること。
させる側はすごい技術だねってことだったと思う。
じゃあ没入する、僕たちのことを考えてみよう。なんで没入しちゃうのか。
。
没入っていうのは、瞬間的に考えれば異常な集中力をその対象に向けちゃうことだと思う。
ディズニーの世界に没入するっていうことは、ディズニーランドであれシーであれ、その世界観に集中してしまって、会社員だったり学生だったりするそれぞれの社会生活の細々したものに意識を向けなくなる。
この高い集中力をなんで向けてしまうんだろう。
。
ちょっと前の投稿で書いた。
"スーパーマンもアイアンマンも誰かが真剣に過去を改竄したくてできたもの"
このスーパーマンとかアイアンマンっていうのをそれぞれの世界観って言い換える。
"作り出される世界観っていうのは、クリエイターがそういう過去にしたかった結果できたもの"
つまり、創り手の夢だったり目標だったもの。
そして僕らはそれをおもしろいと思う。
なんでおもしろいと思うのか。
共感できるところがあるからじゃないのかな。その創り手が抱いている夢とか目標に。
。
アイアンマンを見た後、小さい子は手をパーにして相手に向けると思う。そしてバーン!とか叫びながら腕を押し出すような動きをすると思う。
かっこいいスポーツカーのドライビングテクニックを見た後だと、なんか無性にレバーをガチャガチャ弄りたくなる。
こういうのって、やっぱり観たものがかっこいいって思っている=共感していることだと思う。つまり、絵の中の英雄に自己投影するような行動なんだと思う。
だって無免許の僕はまだレバーガチャガチャしようと思わないもの。かっこいいとは思わない=共感しないから。
。
世界観に没入するとき、僕らはなれなかった憧れを見ているんだと思う。
それがプラスであれマイナスであれ、どこか別の世界線なら体験したいことなんだろう。
なるほど、そう考えると僕が妄想に浸る理由もよくわかる。
。
500回ありがとうございます。
このホウチガに僕が没入しているときは僕は楽しいのよね。だから書いているわけで。
毎日しないといけないなって思うときはほぼないです。ほぼっちゅうことはあるにはあるけども。基本楽しいからできるのよ。