ホウチガブログ

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〈1386.インフラ整備〉

7月14日。


新人研修が続いているわけだが、研修後の実務に近しい仕事が与えられたりもする。
その中でプロジェクトのマネジメントみたいな仕事をさせてもらえる。もちろん、本当にマネジメントをしている本職の人に比べたらママゴトのような稚拙なものであろう。
しかしまあそれでチームの動きとかを管理したり、スケジュールを立てたりするわけだ。
そうすると、インフラ整備をしている人間のありがたみというのを改めて感じる。
「あたりまえ」のことを人間は感謝しなくなり、当然だと享受するわけだが、そういう土台は目立ってはいけないんだなあという話。



例えば決められた出勤時間より1時間はやく仕事を始めることで、他のチームメンバーが動くための枠組みを事前に用意し、みんながごんごん作ったファイルをフォルダごとに整理する。散らばったアイデア出しの時間をまとめる。
こういう仕事があると、他のメンバーは動きやすくなるわけだが、他のメンバーからしたら、それはあんまり視界に入ってこない。
チームとして価値を出すためには、フォルダ整理などは議論されるポイントではなく、そこが前提となってなにを積み重ねるかが重要になってくるというわけだ。


いちいち、ファイルがどうなった、どこで議論する、なにを議論する、という前提条件はすでに用意されており、そのうえでどう調理するのかが大事なのだ。
例えば、シェフとオーナーの関係かもしれない。シェフにとってはなにをどこからいくらでオーナーが材料を取り寄せたのかはあまり大事ではない。すでに目の前にあるものを、どういう方法をとることで最善の料理ができるのかを考えることが仕事なのだ。
そのため、いちいちオーナーにそこらへんの確認をしたり、そこについての主導権を握ることは、「調理」に割くパワーを逓減させることになってしまう。だから、そこはオーナーが用意して、シェフには余計な心配を与えないことが大事である。



水道や道路などのインフラのようだと感じる。
蛇口をひねれば水が出るのが当然であり、スイッチを押せば電気がつき、目的地のための道路も電車もバスもいつでもきちんと動いてくれる。それがあることで、文化・経済は発展できるわけだが、そこを顧みられることはない。そこをいちいち気にしなければならないのは、不安の多い社会である。そんな社会で質の高い技術が生まれることはない。


インフラは目立ってはいけない。目立ったとしてもそれは一過性のものであり、常に人目を集める存在であってはならない。そのうえに作られていくものこそが、消費者が手に取って喜ぶものなのである。


プロジェクトのマネジメントを誰も気にかけないというのは、ある意味健全なマネジメントができていることの現れであろう。
マネジメントがきちんとしていて、無意識のもの、あって当然のものとされることで、その上の建築物が美しく、機能的で充実していく。
朝一時間早く起きて、議論を整理して、場所を整えるのは、褒められるべきことではなく、あくまで仕事なのだ。



こういう体験を新人のうちにできたので、その大変さというか、報われなさは実感した。褒められるために仕事をしているわけではないが、時間をかけて頑張ったものを「はい、それじゃあ」と一瞬で当然のものとされるのは悲しいところもある。
なので、僕がマネジメントの仕事をしていないときでも、どこかでマネジメントの仕事を担当してくれている人はいるので、きちんと感謝を伝えようと思いました。
挨拶同様、そこを理解しているんだよと態度と言葉で示すことは非常に大事だ。それが動きやすい・風通しの良い職場づくりになるんだと思います。