10月11日。
人間の悩みはすべて人間関係に由来するとかいう言葉があるそうな。すべてというのは言い過ぎな気がするが、大半がそれだというのはわからんでもない。
悩みというのは問題とは違うわけで、解決策がない、あるいは答えを得ようとはしていない状況らしいです。
芦田愛菜さんだったかな。悩むのと考えるのは全く別物だと言っていた気がする。
答えや真理を追い求めるのが考えることで、悩むというのは決断しきれない心理状況のことだとか。
例えば、岡島のようにとあるものに縛られていることについて、答えを求めるつまり考えようとすればそれをどう突破するのか方法を考えればいいわけです。岡島はその方法をとり、きちんと向き合って偉いですねということになる。
それが「悩む」というのは、縛られている状況が嫌だなぁでもどうしようもないよなぁ、と一歩踏み出せていない、決意に欠けた状況のことである。
前置きが長くなりました。
悩むというのは仕方ないことも多いと思う。特に若かったり、新しいことを始めたらそりゃそうだ。というのも考え方がわからないんだから。
となれば、考え方を示してもらうことが第一歩だということですね。
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ちょうど僕が悩んでいたのはキャリアのことです。
成し遂げたいことがひとつあるけれど、それを実現するためには何をどうしていくことがよいかと、考える枠組みを得られていなかった。
そして、1番簡単な解決方法として先輩社員を召喚した。誰でも考える簡単な方法。
そして、その人が考えたことを聞き、それを一つの枠組みとして考えることにしました。
これが、例えば読書でもいいし、記事を読み漁ってもいいし、知恵袋で助けてもらってもいいかもしれない。
無知の知というかっこいい話ではないけれど、自分が思考枠組みが足りていないと判断したら、なりふり構わず追い求める。
これが悩む時に取るべき方法だと改めて実感したわけです。
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悩むというのは非常に心の健康に悪い。悩んでいたせいでこの2週間くらい寝つきが悪くて仕方なかった。
考え方がわからないということに気がつけていなかったということだ。
それが、ふと先輩にメールを打ってみようと送ってみて、ほんの数十分話をしただけでスッキリ爽快なんだからなんとも単純である。
これは良い学びであった。
自分が悩み始めたと感じるためには、現実逃避とかストレスとか、なにかマイナスな気持ちになった時である。
それを解決するためには、自分の中にはその方法がないので、とにかく行動を起こすことだ。
悩んでいても仕方ないけれど、悩んでいることに気づかない。
気づくためには、絶えず自分の気持ちと向き合い続けることである。
そのためにも、日記とかは良い文化であろう。
もやもやに形を与える良いきっかけである。
みんなもやろう。